
2025年5月、静岡県伊東市の市長選挙で初当選を果たした田久保真紀さん。伊東市初の女性市長という歴史的な瞬間を迎えたその経歴は、他の政治家とは一線を画す異色のものでした。バイク便ライダーからカフェ経営、そして市議会議員を経て市長、そして学歴詐称疑惑からの落選。
そんな波乱万丈の道のりを歩んできた田久保さんの若い頃に迫りました。
田久保真紀の若い頃の写真はある?
田久保真紀さんの若い頃の写真については、ネット上でも多くの方が関心を寄せています。実際のところ、公開されている若い頃の写真は非常に限られているのが現状です。
現在確認できる最も古い写真は、伊東市立北中学校時代のもので、『文春オンライン』や『SmartFLASH』などの一部の報道で取り上げられています。
あどけなさが残る中学生の顔立ちには、現在の面影がしっかりと残っていることが見て取れます。


その他には、2018年頃に「伊豆高原メガソーラー訴訟を支援する会」の事務局長として活動していた時期の写真や、2019年の伊東市議会議員選挙に出馬した際のプロフィール写真が確認できる程度です。
当時は肩までのロングヘアをまとめた髪型が印象的でした。


学生時代や20代の写真がほとんど公開されていない理由について、田久保さん自身が会見で語ったエピソードが興味深いです。大学時代には自由奔放な生活を送り、バイクでさまざまな場所に出かけ、携帯電話もない時代に連絡がつかないような状況もあったといいます(newsポストセブン)。

現代のようにカメラ付きスマホもなかった時代ですから、若い頃の写真が少ないのも納得ですね。
田久保真紀は若い頃にレースクイーンだったの?
結論からいうと、田久保真紀さん自身がレースクイーンとして活動していた事実は確認されていません。
本人からそのような発言もなく、証拠となる写真や証言も見つかっていません。
しかしながら、インターネットで田久保真紀さんについて検索すると、「レースクイーン」というキーワードが候補に表示されるのも事実。
こうした噂が広まってしまった背景には田久保さんの職歴が関係しています。
大学除籍後、田久保さんはイベント企画会社を設立し、広告業界で仕事をしていました。業務の中で、イベントコンパニオンやレースクイーンと一緒に働く機会があったようです(文春オンライン)。

田久保さん自身は司会などの仕事を担当していましたが、レースクイーンやコンパニオンと接点があったことから、「本人もレースクイーンをしていたのでは」という憶測が生まれたと考えられます。
加えて、「美人すぎる市長」としてメディアで取り上げられることもあり、その美しい容姿に注目が集まったことも、噂に拍車をかけた可能性があります。
上記のとおり、イベント業務でレースクイーンの方々と一緒に仕事をする立場にいただけで、田久保さん自身がレースクイーンとして活動していたという事実は見つかっていません。
田久保真紀の経歴
田久保真紀さんの人生は、決して平坦なものではありませんでした。1970年2月3日、千葉県船橋市に生まれた田久保さんは、10歳の時に父親を病気で亡くし、母子家庭で育ちました。学校に通えない時期もあったといいます。
中学3年生の時に静岡県伊東市へ転校し、自然豊かな伊豆高原で新たな生活をスタートさせました。静岡県立伊東城ヶ崎高校を卒業した後は、東京の東洋大学法学部へ進学します。

大学時代の田久保さんは、実に自由奔放な学生生活を送っていたようです。
ハードロック系のバンドでボーカルを担当し、メジャーデビューを目指して音楽活動に熱中していたといいます。また、バイクが大好きで、全国を放浪することもあったそうです。
報道では、そのほかにもアルバイトのし過ぎで授業に出席せず履修登録も飛ばした結果、「就学放棄」と判断されて除籍処分となったのではないかと推測する向きもあります(yahoonews)。
大学除籍後、田久保さんはマスコミの原稿やフィルムを運ぶバイク便ライダーとして働き始めます。その後、イベントに人材を派遣する会社での営業職を経験し、広告業界で独立しました。さまざまな職業を経験する中で、「給料を払って税金も納める苦労」を身をもって知ったといいます。
2010年には地元の伊東市にUターンし、伊豆高原でカフェ「Cafe SORA」を開業しました。完全植物性のヴィーガンメニューを中心に、玄米や雑穀を使ったタコライスやカレー、スイーツなどを提供し、地域の人々が集う憩いの場として親しまれました。
田久保さんが政治の世界へ足を踏み入れるきっかけとなったのが、2018年に持ち上がった「伊豆高原メガソーラー計画」でした。約43万平方メートルの山林を伐採して大規模太陽光発電所を建設するというこの計画に対し、田久保さんは「伊豆高原メガソーラー訴訟を支援する会」の事務局長として反対運動の先頭に立ちました。2018年8月には経済産業省を訪れ、業者の資格取り消しを求める陳情も行っています。
このメガソーラー反対の市民運動を経て、2019年9月の伊東市議会議員選挙に初当選。市議として2期務める中で、環境問題や市民参加型のまちづくりなどに積極的に取り組みました。
静岡県伊東市のメガソーラー建設反対運動の代表、田久保真紀氏が、現職を破って伊東市長に当選 非自民系候補としては31年ぶり、そして伊東市初の女性市長 https://t.co/Rzcv90AxuF
— Tokyo.Tweet (@tweet_tokyo_web) May 31, 2025
そして2025年5月、総額約42億円の新図書館建設計画の是非が争点となった伊東市長選挙に出馬しました。建設計画に反対する立場で選挙戦を戦い、現職の小野達也氏を破って初当選を果たします。伊東市初の女性市長であると同時に、非自民党系の市長としては31年ぶりという歴史的な瞬間でした。

市長就任後には学歴に関する問題が浮上するなど、さまざまな困難に直面することとなりましたが、田久保さんの歩んできた道のりは、まさに波瀾万丈そのものといえるでしょう。
田久保真紀の若い頃&写真やレースクイーンの噂と経歴|まとめ
今回は2025年に学歴詐称疑惑でお茶の間を賑わせた。元伊東市長・田久保真紀さんについて、若い頃の写真やレースクイーンの噂、そのほかの経歴について紹介しました。
リサーチして分かったことをまとめておきましょう。
- 田久保真紀さんの若い頃は、まさに型破りという言葉がぴったりの日々でした。10歳で父親を亡くし、苦労を重ねながらも、大学時代にはバンド活動やバイクに熱中し、自由を貫いた青春を過ごしました。
- 若い頃の写真は中学時代のものや市議時代のものが一部公開されている程度で、学生時代や20代の写真はほとんど見つかっていません。レースクイーンをしていたという噂については、業務でレースクイーンと関わった経験が誤解を生んだものであり、本人がレースクイーンとして活動していた事実は確認できませんでした。
- バイク便ライダー、イベント会社経営、カフェオーナーと多彩な職業を経験し、その全てが「働く人たちの現場感覚」を身につける糧となりました。メガソーラー反対運動を通じて市議となり、最終的には市長の座を射止めた田久保さん。その経歴は、政治エリートとは全く異なる、現場を知る実践派のリーダー像を示しています。
2025年12月には議会解散と二度の不信任決議を経た市長選で落選。
表舞台からは姿を消しましたが、現在もinstagram等のSNSでは粘り強く情報発信を続けています。様々な肩書がなくなった現在は田久保さんのキャリアにおいても正念場といえるかもしれません。
今後の動向も気になる有名人の一人です。
