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村竹ラシッドの高校・大学・中学や出身を徹底調査!

2024年パリオリンピックで日本人初の110メートルハードル決勝進出を果たし、2025年には日本新記録12秒92を樹立した村竹ラシッド選手。世界の舞台で活躍する彼は、どのような学校で学び、競技人生を歩んできたのでしょうか。
今回は村竹選手の学歴と出身について、詳しく調査していきます。

目次

村竹ラシッドの出身中学はどこ?

村竹ラシッド選手の出身中学校は、千葉県にある松戸市立第一中学校です。
地元では「一中」や「松戸一中」という愛称で親しまれている学校で、松戸駅東側の閑静な高台に位置しています。

この中学校は著名人を多数輩出していることでも知られており、宇宙飛行士の山崎直子さん、NHKアナウンサーの山田賢治さん、プロ野球選手の上沢直之選手などが卒業生として名を連ねています。村竹選手は2017年に卒業しました。

松戸一中では、陸上競技の基礎をしっかりと培いました。同級生で小学校から一緒に陸上を続けてきた、同期・加藤綾乃さん(元女子三段跳び選手)によれば、中学の部活は小学校時代よりもさらに本格的で、「苦楽を共にしてきました。たぶん当時は家族よりも多く時間を過ごしていた」といいます。土日は一日練習が多く、年に1回ほど千葉県市原市に1泊2日の合宿もあったそうです(スポーツ報知)。

当時の村竹選手について加藤さんは「すごい華奢」だったと振り返りますが、「小柄ながらに体を大きく走っていた印象。弱音を吐かずに、ただただ愚直に取り組んでいた」と、熱心に練習に向かう姿勢を語っています。

村竹選手がハードル競技に本格的に取り組み始めたのも、この中学校時代からです。「走ることもできるし、跳ぶこともできる。両方あるハードルへの興味は中1の頃から湧いていた」と後に振り返っており、ハードルの魅力に惹かれていった様子が伺えます。

そして中学3年生のときには男子110メートルハードルで全国優勝を果たすという快挙を成し遂げました。
この頃からすでに全国トップレベルの実力を備えていたことがうかがえます。

2024年のパリオリンピック後には母校を訪問し、約880人の全校生徒の前で競技経験を語りました。生徒たちからの質問に気さくに答え、陸上部の生徒から技術的な質問が出た際には「よく見ていますね!僕のスタイルが公になってしまうんじゃないか心配」と笑いながら、走り方やメンタル面のアドバイスを送る場面もありました。

村竹ラシッドの出身高校はどこ?

村竹ラシッド選手が進学した高校は、千葉県立松戸国際高等学校です。
この高校も地元松戸市にあり、村竹選手は引き続き地元で競技と学業に打ち込みました。

松戸国際高校時代の村竹選手について、中学時代の同級生だった加藤綾乃さんは興味深いエピソードを語っています。高校は別々になりましたが、大会などで顔を合わせるたびに「見るたび見るたび大きくなって筋肉がついて、『また大きくなった?』って都度言っていました」と、急速な身体の成長に驚いていたといいます。

高校時代の最大の成果は、2019年8月に沖縄で開催された全国高校総体(インターハイ)での優勝です。この大会で村竹選手は14秒04というタイムをマークして頂点に立ちました。レース後、自身のSNSでは「沖縄インターハイ優勝しました。風強すぎて息止まるかと思ったけど勝ててよかったです!」とコメントを残しています。

また、高校時代に記録した13秒91というタイムは高校歴代3位タイの記録であり、当時から全国トップクラスの選手として注目を集めていました。この時期から、将来的に日本代表として活躍することを多くの関係者が予感していたといわれています。

2024年のパリオリンピック後に母校の相模台小学校を訪問した際には、同小学校で教師として働いている松戸国際高校時代の同窓生の話も披露し、高校時代の思い出を懐かしむ場面もありました。

村竹ラシッドの出身大学はどこ?

村竹ラシッド選手が進学したのは、陸上の名門として知られる順天堂大学スポーツ健康科学部です。

高校の受験時期に、中学時代の同級生・加藤綾乃さんも順天堂大学に進学することが分かり、「また一緒にやれるんだなって思いましたし、どこまで伸びていくんだろうってワクワクも、一個上のものがありました」と再会を喜んだといいます。

順天堂大学では専門的なトレーニング理論やコンディショニングを学びながら、さらに競技力を磨いていきました。大学時代には右肩上がりに記録を伸ばし続け、素晴らしい成績を残しています。

主な大学時代の成績を振り返ると、2020年の全日本インカレで13秒69で優勝、2021年には13秒28、2022年のセイコーゴールデングランプリでは13秒34で優勝するなど、出場する大会ごとに自己ベストを更新していきました。

そして大学4年生となった2023年の日本インカレでは、13秒04という驚異的なタイムをマークし、当時の日本タイ記録を樹立。U20日本記録の更新にも成功し、次々と成果を積み重ねていきました。

ただし、順調に見えた大学時代にも大きな試練がありました。2023年4月には左ハムストリングスの肉離れという怪我に見舞われ、一時活動休止を余儀なくされます。しかし村竹選手はこの期間を「今までできていた部分でも、本当にその動きが正しいのかと、イチから見つめ直すいい機会になりました」と前向きに捉え、技術の見直しに励みました。

この怪我からの復活を経て、さらに強くなった村竹選手。2022年には世界選手権オレゴン大会で初のシニア国際大会デビューを果たし、世界の舞台へと羽ばたいていきました。

大学卒業後は日本航空(JAL)に所属し、アスリート社員として競技活動を続けています。
同じJALには2025年世界陸上(東京)200メートルに出場する鵜沢飛羽選手もおり、チームメイトとして切磋琢磨しています。

村竹ラシッドはどこの国の出身なの?

村竹ラシッド選手は千葉県松戸市の出身で、日本国籍を持つ日本人選手です。
ただし、トーゴ共和国出身の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフであるため、トーゴと日本という2つの文化的ルーツを持っています。

村竹選手は2002年2月6日に千葉県松戸市で生まれ、そこで育ちました。小学校は松戸市立相模台小学校に通い、小学5年生のときに担任の先生から「足が速い方だったので、先生たちから『陸上をやらないか』と言われて」陸上競技を始めたそうです。

最初は「4年生から部活に入ることができたんですけど、放課後に遊ぶことができなくなるので、断っていた」という村竹選手。しかし「5年生になったときに、気まぐれで『そこまで言うんだったら』と入ってみたら、案外楽しかった」と振り返っています。この「気まぐれ」な決断が後の世界的選手への第一歩となりました。

2024年のパリオリンピック後に母校である相模台小学校を訪問した際には、体育館を見渡して「バスケットゴールや跳び箱、壁に飾られた絵が自分の小学生時代と変わらない」と懐かしむ場面があり、地元への愛着が深く感じられました。

松戸市は村竹選手にとって特別な場所です。松戸駅周辺については「小学校5~6年生ぐらいまではよく松戸駅周辺で友だちと遊んだりしていました。駅前の商業施設の中にあったゲームセンターに行っていました」と振り返っており、幼少期の思い出が詰まった街であることが分かります。

また、松戸市役所近くにあるラーメン屋については「市役所の近くにあるラーメン屋はおいしいですよ。よく行きます」と地元ならではの話題を語り、会場からうなずきや笑いがこぼれる場面もあったといいます(prtimes)。

母校訪問の際には「パリにいたときは知らなかったのですが、帰ってきて松戸駅に横断幕が飾ってあることなどを聞いて、いろいろな反響をいただいて、すごく驚いています。1年後に世界陸上があるので、メダルを獲って松戸市に持って帰ってきたいなと思いますし、これからの競技生活で世界大会での金メダルを獲得して、いろいろなメダルや実績を松戸市に持ち帰ってきたいなと思います」と、地元への思いを熱く語りました。

松戸市も村竹選手の活躍を全面的にバックアップしており、2025年の世界陸上東京大会では母校の松戸市立第一中学校でパブリックビューイングが開催され、平日の夜にもかかわらず約300人もの市民が集まって応援する熱気に包まれました。

トーゴと日本という2つの文化的背景を持ちながらも、千葉県松戸市で生まれ育ち、地元の学校で競技人生の基礎を築いてきた村竹選手。その国際的なルーツと地元への深い愛着が、柔軟な思考力と強い精神力を育んできたといえるでしょう。

村竹ラシッドの高校・大学・中学や出身を徹底調査!|まとめ

この記事では男子陸上競技の村竹ラシッド選手について、その母校(高校・大学・中学)や出身地を紹介しました。

リサーチして分かったことをまとめておきましょう。

  • 村竹ラシッド選手の学歴は、すべて千葉県内の学校で構成されています。松戸市立相模台小学校、松戸市立第一中学校、千葉県立松戸国際高等学校、そして順天堂大学スポーツ健康科学部という道のりを歩んできました。
  • 中学時代には全国優勝、高校時代にはインターハイ優勝、大学時代には日本タイ記録樹立と、各段階で着実にステップアップを重ねてきた村竹選手。その背景には、地元松戸市という恵まれた環境と、各学校での充実した指導、そして何より本人の努力と才能がありました。
  • トーゴ共和国出身の父親と日本人の母親の間に千葉県松戸市で生まれ、日本国籍を持つ日本人選手として世界の舞台で活躍する村竹選手。小学5年生で「気まぐれ」に始めた陸上競技が、今では日本陸上界を代表する存在へと成長しました。

地元への深い愛着を持ち続け、「メダルを獲って松戸市に持って帰ってきたい」と語る村竹選手。その夢の実現に向けて、これからも地元松戸市、そして日本中が応援し続けることでしょう。

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